ヒカキンとは?

小さい頃は、教室のすみっこにいる、ちょっと変わり者の少年だったという。
『力の限りゴーゴゴー!!』のハモネプの影響を受け、小学生の頃にヒューマンビートボックスを始めた。チャンネルを開設してすぐに動画をアップロードしたはいいが、あまりに下手すぎて恥ずかしいため動画を削除したという。

 

その後、新潟県立新井高等学校に進学し、上越でのライブ活動及びYouTubeの「HIKAKIN」チャンネルでビートボックスのパフォーマンス動画の投稿を始める。
高校卒業後に上京し、スーパーの店員の仕事などのバイトをしながら生計を立てていて、当初は動画を投稿して生活するなんて考えさえなかったが、アメリカのトップYouTuberであるミシェル・ファンの講演会に行ったことにより考え方が変わったと語っているよう。

 

2010年にヒカキンが投稿した動画「Super Mario Beatbox」がYouTubeにおける日本国内月間アクセス一位を記録し、なんとアメリカ合衆国の『CBS News』のトップニュースで取り上げられたとのこと。
その後、2010年度のYouTube世界ベストパートナートップ500人に選出。さらにこれにとどまらず「WOWスタープロジェクト2010」で優勝し、ラスベガスにまで招待された。

 

エアロスミス、NE-YO、アリアナ・グランデなどの一流の海外アーティストとの共演も果たしている。
2014年にはチャリティー握手会イベントで集まった募金200万円を、公益財団法人東日本大震災復興支援財団に寄付したという行動も起こしている。

 

人物
2歳年上の実兄は、同じくYouTuberのSEIKIN(セイキン)。
動画での挨拶は「ブンブン、Hello YouTube! どうもHIKAKINです」。
彼のYouTubeでのチャンネルは4つあり、「HIKAKIN」チャンネルでは主にビートボックスの動画、「HikakinTV」チャンネルでは様々な商品の紹介(企業とのタイアップを含む)などの動画を配信、「HikakinGames」チャンネルではゲームの実況動画、「HikakinBlog」チャンネルでは自身のプライベートなどの気軽な親しみのある動画を投稿している。

 

HIKAKINという名前の由来については、小3から高3まで行っていたスキージャンプの先輩に本名のヒカルをヒカキンとおうあだ名で呼ばれ始めたことが始まりだという。小学校の時に一時期呼ばれていたアダ名で、「キン」がどこから来ているかは本人も分からないという。中学生の頃に「HIKAKIN」という名前で掲示板にビートボックスの音声を投稿していたら月日の経過とともに、少しずつ名前が広まってきて、そして現在に至りこのまま定着したと語っている。

 

誰かにヒューマンビートボックスを習ったと言いうわけではなく、YouTubeで見られるビートボックスの動画等を参考にするなどして、完全に独学により今のスタイルが確立されたという。
自身のファン層について、主に小学生や中学生の層がメインだと語っており、家族みんなでご飯を食べながらでも一緒に見ることのできる良いコンテンツをやっていきたいと語っています。

著書
単著
僕の仕事はYouTube(2013年7月19日、主婦と生活社) ISBN 978-4391143799
400万人に愛される YouTuberのつくり方 (2014年10月30日、日経BP社)ISBN 978-4822220792
所属事務所UUUM代表取締役、鎌田和樹と執筆。

 

出演
テレビ番組
カスペ! 青春アカペラ甲子園全国ハモネプリーグ11(2010年8月、フジテレビ)
カスペ! 青春アカペラ甲子園全国ハモネプリーグ12(2011年1月、フジテレビ)
SMAP×SMAP(2014年5月12日、フジテレビ)

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