SMAPとは?

概要
ジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループで、1990年代~2010年代前半に絶大なる国民的人気を誇った非常に息の長いグループとして知られる。

 

SMAP以前はアイドルの主戦場はテレビの歌番組であるのが常識だったが、彼らのデビューした時代がその歌番組が終わってしまったアイドルの氷河期であったのを逆手に取り、アクティブににバラエティ番組やテレビドラマに出ることによって人気を獲得していくという売り方で人気を博したグループである。SMAPデビュー以前にも森口博子・山瀬まみ・松本明子・井森美幸らが「バラドル(バラエティアイドル)」と呼ばれて人気を得ていくという現象があったが、SMAPの成功によってこの手法がセオリーとなった。ジャニーズ事務所のアイドルとしても後に多大な影響を与えたエポックメイキングな存在である。

 

グループ名は、メンバーが所属していた前身のグループ「スケートボーイズ」のキャッチコピー「Sports Music Assemble People」の頭文字を取ったものであることは有名。これはジャニー喜多川氏が命名したものとされている。先輩グループである光GENJIメンバーの山本淳一は「(スケートボーイズをGENJIの弟分としてデビューさせる。)YOUたちの頭文字を取ってSMAPだから、とジャニーさんに直接言われた」とも語っている(S:佐藤寛之・佐藤敦啓、M:諸星和己、A:赤坂晃、P:山本淳一の愛称バンジーのジャニー喜多川氏の記憶違い・パンジー)。

 

歴史
結成~下積み時代
1988年4月に結成。

1991年9月9日にCDデビューを果たすも、当時は音楽番組氷河期でもあったため、1位を取れなかった。
(ちなみに、ジャニーズ事務所としては異例の事でメンバー自身も時々話のネタにしている。)
また同年にはミュージカル『聖闘士星矢』にて、メンバーが主人公らや敵のボス役などメインキャストを演じていた。

時折テレビ番組で昔のVTRを出されて苦笑するなど、メンバーにとっては若干恥ずかしい過去となっているが、当時は延べ37万人を動員する大ヒット作であった。また、漫画・アニメのミュージカル化の歴史で重要なポジションを占めている作品でもある。

この時代には、作中に本人役として出演した「姫ちゃんのリボン」や香取慎吾がレギュラーキャラとして声を当てていた「赤ずきんチャチャ」で主題歌を歌うなどの意外と地道なタイアップもやっている。

1992年に森脇健児・森口博子らが司会を務めた有名な深夜バラエティ「夢がMORIMORI」(フジテレビ)にレギュラー出演する。この番組でそれまでのトレンドだった「煌びやかで華やか」というアイドルの概念を覆し、泥臭く体を張ったようなコント(「おそ松くん」を元にした「音松くん」など)を行なうようになる。そのアイドルらしからぬ姿が親近感から視聴者に受け、徐々に知名度と人気を獲得していく。

1993年には同番組のテーマ曲にもなった『$10』が大ヒット。

1994年にはSMAP全員が出演している映画「シュート」が公開され、映画の主題歌がCP曲として収められている『Hey Hey おおきに毎度あり』が、デビューしてから初のオリコンチャート初登場1位を獲得。『がんばりましょう』で更に売り上げを伸ばしていき、以降安定した高レベルでCDを売り上げていく。

1994年に中居正広と香取慎吾が、1995年には草彅剛がタモリでおなじみ「笑っていいとも!」(フジテレビ)の曜日レギュラーとして加入。一方の木村拓哉・稲垣吾郎はテレビドラマで俳優としての活動が増えていき、中居・香取・草彅の「バラエティ組」と木村・稲垣の「ドラマ組」という2つの軸を持つグループとしての色が強調され始める。

人気確立~国民的グループに
1996年に長期に渡る人気番組となる「SMAP×SMAP」(フジテレビ)が始まり、この頃にはSMAPの人気は完全に確立したものとなる。
そんな最中、メンバーである森が自身の夢であるオートレーサーになる為グループを卒業。5人体制で活動していくことになる。
これ以降、SMAPが6人であったことは画面上で触れられることは減ってしまうが、後年では編集の出来ない生放送番組などでメンバーが森について話題を出すなどしてオールドファンを喜ばせた。

5人体制になっても人気は全く衰える事を知らず、各メンバーの個々でのソロ活動も、ドラマ・バラエティー・司会等、多岐に渡って活躍、それに伴いレギュラー番組の視聴率、CDの売り上げもさらに増していった。ただ特にCDの記録には拘っていない為、強豪アーティストが集中する週に出すことも多く、2002年以前は初登場1位をかなりの回数で惜しくも逃しており、シングル、アルバムを合わせれば初登場TOP10の内の9位以外は全て獲得している。(尚シングルはデビュー以降、初登場TOP10圏外になったことは一度も無い。)

1990年代後半以降は各メンバーが個人でソロで活動することが増え、メンバー揃ってのメディア出演は「SMAP×SMAP」と歌番組・特番程度に減っていくが、むしろソロ活動で得た人気によりSMAP本体も地位が高まるという現象が起こっていた。

1998年には『夜空ノムコウ』がグループ初のミリオンヒットを達成。
2000年には『らいおんハート』と慎吾ママ名義の『慎吾ママのおはロック』が共にミリオンを達成する。

2001年にメンバーの稲垣吾郎が、公務執行妨害罪・傷害罪ならびに道路交通法違反の現行犯で逮捕された(謹慎を経て5ヵ月後復帰)この時、4人での出場を拒否し紅白歌合戦の出場を辞退している。

2003年にリリースされた『世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)』は、260万枚を超える超大ヒットとなり、この年の紅白歌合戦でグループとしては史上初の大トリを務めた。現時点で21世紀唯一のシングルWミリオン達成曲でもある。

2010年9月15日に、日本人史上初となるコンサート通算観客動員数1000万人を突破する。が、コンサート会場のモニターに流れた数字は『100000000』……あれ?何だか多いような?
……次はなんと1億人動員を目指せという意味ですね、このにんきならその言葉も分かります。

 

2011年9月9日にデビュー20周年を迎えた
東日本大震災の影響も有り大規模なコンサートツアーは中止されたが、代わりに各地方の小規模なホール会場でファンミーティング等を開催。20年前にCDデビューイベントを行った思い出の西武園ゆうえんちでそのラストを飾った。11月には東京ドームでファンパーティを2日間を開催。同月16日にSMAP初の海外公演となる中国・北京でコンサートが行われる。過去にも開催が予定されていたが、諸事情で2度延期になり3度目の正直で公演が開催された。

 

2012年4月25日発売のシングル『さかさまの空』は、4月2日スタートのNHK朝の連続テレビ小説『梅ちゃん先生』の主題歌に起用された。NHKの朝ドラにSMAP及びジャニーズ事務所所属のグループの曲が使用されるのは史上初で、さらにSMAPのメンバーが全く出演しない(する予定のない)ドラマに使われるのも初めての試みであった。2012年夏に2年ぶりの5大ドームコンサートツアー(スタジアムも含む)が開催。12月22、24日には結成以来初となる札幌ドームでのクリスマスコンサートも行った。

2013年2月27日発売の両A面シングル収録曲である『Battery』は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのアトラクション『ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド』のBGMとして採用され、さらにパーク限定となるコラボジャケットCDも発売された。2014年にはUSJ大使として就任した。

 

内紛によるグループ崩壊、そして解散へ
2016年1月、「SMAPを担当している所属事務所のチーフマネージャー(58歳)と、所属事務所の副社長(89歳)との間に起った問題の影響を受けて、SMAPがジャニーズから独立」という報道がデイリースポーツ、スポーツニッポンの2紙で報道された。当初はスポーツ紙や週刊誌が部数稼ぎの為に、ほぼ「2年に1回」のペースで解散報道を出していた為「またいつもの飛ばし(ガセ)記事」かと疑われていた。

 

しかし事務所側が「独立・存続に関する協議がなされている事は事実。」だと認める声明を発表をした事で状況は一気に一転する。ファンや芸能界のみならず、NHKニュースや国会答弁でも取り上げられるなど一躍社会的な話題となった。その後5人のレギュラー番組『SMAP×SMAP』にて、混乱をさせてしまった事への、どこの誰あてに向けたものか分からない謝罪の言葉が5人の口から述べられ「これからも宜しくお願いします」と話した。(尚、メンバー自身の口から「解散しません。」又は「解散します。」とは明言されていなかった。)

 

 

この謝罪で一度は収まったかのように見えた一連の解散騒動であったが、2016年8月14日未明、ジャニーズ事務所公式ウェブサイト上にて、2016年12月31日をもってついに本当に解散することが発表された。

解散に伴い、5人揃って出演し続けていた冠番組「SMAP×SMAP」もついに2016年12月26日に番組終了。木村を除くメンバーがパーソナリティを務めたラジオ番組もタイトル名から「SMAP」が削除され改名された。
活動最終日とされた12月31日に放送される「NHK紅白歌合戦」への出演をNHKから強くされていたが、SMAP側がこれを辞退し、「SMAP×SMAP」の最終回をもって28年間に及んだグループの活動の幕を閉じた。

5年周期のジンクス
SMAPはなぜかCDデビューから5年周期で何らかの事件や災難が起こる。
デビュー1年目:香取の右足複雑骨折
デビュー5周年:森の脱退
デビュー10周年:稲垣の逮捕・謹慎
デビュー15周年:メンバーの様々な病気(草彅のインフルエンザ、木村の副鼻腔炎、中居のはやり目・肋骨の疲労骨折・肉離れ)

 

上記の件により、香取慎吾は「20周年(2011年)はツヨポン、突き指」とネタにしていたが、2009年4月23日にその草彅剛がまさかの逮捕される事態となった(翌日釈放、5月28日復帰)

事件を受けて『あれ?デビュー20周年って今年だっけ?』と思ったファンも多かったのではないだろうか。20周年に何も起こらないように気を利かせて先回りしてくれた模様である。

そしてデビュー25周年の2016年。
1月、木村が映画「無限の住人」撮影中に転倒し、右膝靭帯を損傷する大怪我を負う。
同時期にスポーツ新聞のスクープ報道により発覚した解散報道が現実のものとなり、このジンクスの決定打となるグループの解散を迎えている。

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